紙とペンに対する愛着はまだある。
しかし現実は、今では電子ツールに相当依存している。今では何かを書こうとして真っ先に手にするのはスマートフォンだ。頭の中にふと浮かんだ何かをとめおくのにそのスピードは助かる。今では手書きはまだるっこしくてしょうがない。ノートか紙とペンの2つを揃えなければいけないのも。スマホなら1つですむ。
手書きすることで起きる作用、その有効性は充分に感じている。
手書きは丁寧に書くほど文章も整う。文字の綺麗さと文章の精度は比例しているように思う。一旦まちがうと、書き損じに対処する間に一番捉えておきたかった要点が消えていってしまうということがおこるため、自然まちがえないように気をつける。丁寧に書くことで速度は落ちるが、引き換えに、書く前に頭の中で整備できているから、文字に落とした時の完成度も高い。
ただ、その引き換えにするものが問題なのだ。書き損じなくても、書く速度が遅いためでも消えていってしまうものもある。捕まえ切れず永遠に消え去っていくものに対する執着が強い。実のところその方がずっと強い。だってそのためにノートを開いたのだもの。
だから、丁寧に書く効用がわかっていても、漏らさないよう一気に書く、という行為にでる。当然文字は汚くなり、あとで自分で読み返せない、ということになる。よーく、なる。文字の荒い文章も勢いがあっていい、と弁護したいところだけど、たいていは荒さに見合うだけの密度しかない。内容があると思える部分はせいぜい3割。書く速度を早めることによって消え去るものを救い上げたはずなのに、自然な速度に合わせ丁寧に書いた文章と、内容の密度は結局同じな気がする。
だから、そういう人が電子に移行するのは当然の成り行きかもしれない。スピードと文字の綺麗さが同時に手に入れられるのだから。ただ、救出できる文章量は格段に増えた、しかもきれいなフォントで表示される、それなのにやっぱり丁寧な文字で手書きした文章ほどの密度は得られてない気がするのはなぜだろう。
電子の便利さはもはや手放せない。手放す気もない。でもペンを使って摩擦を感じながら書いたものは脳が覚えている。ゆっくり丁寧に書く姿勢、それに伴う落ち着きこそが自分には大事なんだろうな、とも薄々わかってはいる。
時々は手書きの効用を借りたい。借りて感覚を取り戻したい。紙の質感とペン先も愛しているし、ノートとペンを置くのは、あるとしてもまだまだ先だろう。
‥‥‥ただ、実をいうとipad mini 5も欲しい。煩悩こら。
ソロブレインストーミングをするにも手書きが向いているし、それが画面上でできて保存もできるってなんとも魅力だよなあ。うん、保存できるの大きいのよなあ。
手書きを電子でやる時代。
とほ
ipad miniは画面の小ささで、他のipadと迷ってもいる。けど、テキスト書きメイン、メモ書きできる(ペン必須)、持ち歩きたいから軽量、kindleも読みたい、WORD無料&画像編集可能(メインPCがあるのでどちらも簡易版でよい)、という自分の必要条件&ご予算からすると、現時点ではipad mini 5一択なんですよねえ…。
ipad mini 6を購入しました。現在海外生活のおともにしています。