星の旅人たちと行くサン・ジャックへの道 22日目:メセタで内側の騒がしさに気づく。

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サンティアゴ巡礼

 

5月14日 雨のち晴れ(2枚長袖→半袖)

雨の中出発。
途中の町でサンティアゴまで300キロきったことに気づく。うっすら終わりが見えてきた、なんていうのはまだ気が早いだろうか。少しむずむずする。早くゴールに立ちたいような、このまま道に留まり続けたいような。何度も戻ってくる人がいることがなんとなくわかるような気もし始めている。相変わらず痛む指やかかとの疲労にひいこら言っているというのに。

それから、都会のレオンも過ぎ今頃になって、変わり映えのしない風景が延々と続くメセタの主要部分をいつのまにか通り過ぎてしまったのだということにも気づく。

カストロヘリスのアルベルゲで自炊時間が同じになったオーストラリアの女の子と話していて、普通のことのように「グループはできた?」ときかれた。その感じがあまりにもカミーノではひとりで来てもグループを作るのが自然、という感じの問い方だったので、特には考えてなかったなあ、ひとりで歩くつもりできていたし、と答えると、それもありだよね、と賛同したうえで、でもメセタではちょっと寂しいかもね、と彼女はいった。その時はそれをきっかけに性質や国民性や年齢の違いについてつらつら考えたようなないような(どっち)、でも通り過ぎてみれば、結果的にすごく自分にちょうどいいバランスで、誰かと一緒の歩きとひとりの歩きをくりかえしながらまったく退屈せずにそのパートを終えていた気がする。


実際カミーノではひとりできても、ひとりじゃない、というのは本当だ。人と人が近い。

グループを作ってずっと一緒に歩く、というのは楽しいかもしれないけれど、自分の性質的にもペース配分的にもかなり厳しい。現実的に、ネイティブグループの中にずっといられるほどの英語力もないというのもある。ましてスペイン語やフランス語は、数少ない語彙を駆使しての会話も楽しいけど瞬間芸(芸?)。それに現実的にやはりみているとグループになっているのは、同じ言語が多いみたいだ。

ともかく。ひとりで歩くを基本形として、時々だれかとしばらく一緒に歩き、頃合いをみてまたひとりのペースに戻る、そして、じっくり話するのは、カフェで、町に到着して、アルベルゲでほっと一息ついたところで、というバランスがわたしにはちょうどいいみたい。

メセタについてもうひとつ。
やはりカストロヘリスから次の場所に向かう途中だったのかな、多分何かもくもくと考えていたのだと思うけど、意識が内側からひょいと外側に戻った時に、ざりざりと小石を踏みしめる自分の足の音しか聞こえなかったことがあった。そのざりざり音があまりにも大きく響いたことで、逆に外界の静けさに気づづいた。一面麦畑、鳥の鳴き声もその時ばかりは遠く、前方にも後方にも人がいない。空間がこんなに広いのに響いているのは自分の足音だけ。と同時に、さっきまで考え事をしていた内側がとんでもなく騒がしかったことにも気づいた。何を考えていたかは覚えてないのだけど、自分どんだけひとりでおしゃべりしてたんだ、と思った。あの内と外の音の差はおもしろかった。

 

出発地:ラ・ビルヘン・デル・カミーノ(7:50出発)
到着地:サン・マルティン・デル・カミーノ(12:30到着)
歩行距離:20.4km

 

サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの「フランス人の道」780km巡礼日誌。
「星の旅人たちと行くサンジャックへの道」とは、巡礼路を歩くきっかけとなった『星の旅人たち』と『サンジャックへの道』という2つの映画タイトルを合体させた旅タイトル。センスがよろしいとはいえないこの映画タイトル合体旅タイトルはブログ主が得意とするところらしいという噂(前科あり)。時に、星の旅人たち=ホシノ、サンジャックへの道=サンジャで略すことあり。なお、ロケ地巡りという性質を含む行程である以上、関連場所を通過する際に映画の内容に触れることがあります(ネタバレ宣言参照)。ラストにどんでん返しがあるタイプの映画ではないですが、ネタバレ過敏症の方は注意。