コロナ禍以前の話になるけれど、友人夫婦が経営するスリランカ料理の店にふらりと立ち寄った。
夜はお酒も出す店で、私はお酒は飲めないので、ふたりの顔をみてカレープレートを食べたら長居せず帰ろうと思っていたのだけど、ふとしたことからひとりで来ていた隣の紳士と話し始めた。
確かプレートを待っている間に、友人(妻の方)からハバネロが激辛界の王だと思うのは甘い、その先にジョロキアなる暴君がいる、それは体内にいれたらあかんレベルである、というような話を聞いていたら、常連さんであるというその男性も会話に加わって・・・という流れだったと思う。
いわゆる激辛に目がない方で、お店に来始めたのも辛さを求めてがきっかけだったらしいのだけど、聞けば心理学だったか人間工学の研究者だそうで、辛さの話からだんだん五感の話になっていった。
辛味はどこで感じるのかというと、カプサイシンにより刺激される痛覚なのだという。辛味を感じるのが痛覚というのは、辛さを痛いとしか感じない私には、やはり、というか、ですよね、しかない。
紳士は、眼でおいしさを感じたあとに、味覚が口の中で展開する様子を観察しているのだといった。苦みは口の両端で前から後ろに拡がっていく途中においしさを感じる過程がある、だとか。
触感も味覚とつながっている。スリランカカレーやインドカレーは手で食べるけれど確かに指でとった時点でもうなんとなくおいしい気がしますね、と言っているだけで頭の中がなんだかもうおいしい。
もし間違っていたら私の理解度と文章力が不足しているせいなのでごめんなさいなのだけど、他にも空間的には視覚が最も強く、時間的には聴覚が強い、という観点から語られる話などもおもしろく、とにかく上からではなく知識をシェアしてくれている感じが楽しく、どんどん質問してしまったのを覚えている。
紳士は、話している間、辛いものをさかなにお酒が進むようで、ビールも蒸留酒も、辛そうな料理も次々に頼んでいた。お酒も辛さも弱い私からすると、口の中にみずから大惨事を引き起こしているとしか思えない。痛覚なんでしょう。なぜつつくのだ。
つねづね私は、辛味探検家の皆様に、おかしい、この人達、という印象を抱いている。しかもそのおかしい人たちは「っくー」とか「これはきついっすねー」と楽しそうに辛がっている。
本当はその洞窟の奥に何があるのかちょっと興味はある。けれど自分は行けない領域なので、ちぇ、おかしいぜ、この人たちは、と毒づいている、ということである。
紳士は、痛覚を刺激しながら始終おいしそうで楽しそうだった。同じものを飲み食いしていたら、きっと私の口の中は大惨事だっただろう。紳士の口の中は楽園だったのだろうか。その差がなにかちょっと悔しい。
とほ