最近読んだ芥川賞受賞作三冊。

物語/本

芥川賞受賞作、とひとくくりにして語るのはよくないな、とは思っている。ひとつひとつは別の小説なのだ。まして私はすべてを読んでいるわけじゃない。正直に言う、そんなには読んでない。ただ、手を出すたびに、深く深くため息をついて、合わんなあ・・・とそっと置く羽目になるというのを繰り返してきているため、手を出しづらい領域であることは確かだ。だから括りは乱暴だとは思うけれど、自分と芥川賞とはどうやら相性が悪いという認識は、できてしまっている。

なぜ苦手に思うかについて、過去に何度目かの深い溜息をついた後に書いたメモがあるのでそれを転載すると、

嫌いというか、読書の楽しみを感じない、私には。「人間の心の闇を鋭く描く」「現代の歪んだ闇を鋭く描く衝撃の問題作」みたいな謳い文句にはうへええかんべんしてくれと思ってしまう。「現代の闇を鋭く描く」がリアリテイであると称賛される感じがなんかもうだめ。
読んでいて心地よくない。単純に自分の肌にあってないだけだろうとも思うけれど。でもこれは近すぎるものをきつく感じる己の性質にもよるかもしれない。
結末がとらえどころがないとか、ブラックなものすべてがだめなんではなくて、むしろ好みですらあって、だからそこを人に伝えるのは難しいのだけど。芥川賞受賞作のすべてがだめではなく、むしろ好きなものもある。でもそれ以外のもやもやボックス入りするものが多すぎるのでもう手を出したくない、避けて通りたい、できれば一生、が正直なところ。物語要素がないものは、ぱん、とはねてしまう傾向がある私のようなタイプとは、きっとやはり相性はよくないんだろう。

ということらしい。

それでも時折手を出してしまうのは、たまに嫌いじゃないものにも出会ってしまうからだ。芥川賞に選ばれる傾向の小説と自分の親和性はどうやらよくないようだけれど、なかには好きな小説もないわけではない。だから手を出してしまう。今年は、日本人作家の本を読む機会が再び増え始めているせいもあって、自分としては3冊読んでしまった。

とまあ、こういう書き出しで始めてしまったのは、ずるい予防線というか、一冊めがいきなり、ごめんなさい方面だったからだ。好きだった人は本当すみません、今年の受賞作である夏木りんさんの『推し、燃ゆ』は、やっぱりおらにはよぐわがんねボックス入りしてしまった。「推し」という題材は興味深いし、微細で独自の表現も賞を取るのはわかる気がしたので、本当に自分との相性だろうと思う。

次に今日読み終えた今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』。今、これとは別にインド方面の厚めの本を読んでいる最中で、息抜きのつもりでぱらっとのぞくつもりが、2時間くらいであっというまに読んでしまった。<むらさきのスカートの女>と呼ばれ世間から浮いた女性を執拗に観察する主人公の語りで進んでいく話なのだけど、系列で言えば『コンビニ人間』系だろうか。コンビニ人間もすまんボックス入りしてしまった小説だったのだけど、この小説は、同系列だと認識したにもかかわらず、そこまでのもやつきはなかった。今村夏子さんは『こちらあみ子』が好きだったし、結局やはり語り口、アプローチ、文体が好きかどうかにもよるのかもしれない。とはいえ、ひっかかるところもなくすごくすんなり読み終えてしまい、ゆえに、印象に残らなかった、ともいえる。『こちらあみ子』はもう少し、はっと立ち止まる表現が随所にあったように記憶している。とにかく、この人が書くものへの興味はあるので、『星の子』もそのうち読んでみようかなと思っている。

思ったけど、好き嫌いって良くも悪くも紙一重。人によっては嫌悪感や倦怠感を感じる小説、というのは、やはりそれはそれで人の心を惹きつけるということなんだろう。ただ、読む日をまちがえると、本当にどよーんとしてしまうので、好んで手は出しづらいけれど。人の心に届く届き方の違いというか。海外の映画や小説ならどんな闇でも平気なのに、日本の小説や邦画が苦手になりがちなのは、メモにも書いたけれど、私の性(さが)や嗜好のせいであるような気もする。近すぎるものが苦手、というの、本当なんなんだろうな。精神が生まれつき老眼。

さて、だめとか苦手みたいな話ばかりもなんですし、最後は、好きだった小説を。若竹千佐子さんの『おらおらでひとりいぐも』。夫に先立たれた70代一人暮らしの桃子さんの脳内セッションの話。これはねえ、全然期待していなかったのだけど、方言で書かれていることは知っていたので読みづらさを覚悟して読み始めたのだけど、方言のリズムも、到達する場所も驚くほどよくて、号泣してしまった。でも湿った話ではないのだ。人の死や老いが描かれているけれど、むしろ乾いている。芥川賞云々よりも、私はどこかからりとして物語要素を感じられる寓話的な話がくっきりと好きなので、そこにぴたりとはまったのかもしれない。

そういう点では、自分の嗜好ってわかりやすい。過去の受賞作家では、川上弘美さんは好きで一時期よく読んでいたし、多和田葉子さんは今も好きだ。今はますます好きかもしれない。それに『おらおらでひとりいぐも』と同年にW受賞した石井 遊佳さんの『百年泥』も、近年でははっきりくっきり好きで、なんだ、こんな小説もあるんじゃないかと思った。インドが舞台だからだけではなく。つまり、この年の受賞作は2作とも好きってことだ。好きな2作が同年受賞って興味深いな。

ともかく。読み尽くしているわけでもないのに、決めつけるのはやはり早急なんだろう。これからも、飛びつきはしないけど、多分時々は受賞作に手を出して、どんよりしたり、どんよりしたり、どんよりしたり、たまに、お、よいものみっけ、と嬉しがったりするんだろうと思う。

とほ