西洋には魔法という言い訳が必要。

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物語/本語り

さらに続くなのである。連想ゲーム。

からの、

取り上げた3つの映画のうち『追憶の森』からの。

追憶の森
監督ガス・ヴァン・サント、出演マシュー・マコノヒー、渡辺謙
青木ヶ原樹海が主な舞台。特に大きなことが起きるわけじゃないけれど、私は嫌いじゃなかった。それこそ日本のおとぎ話のような話。

「それこそ日本のおとぎ話のような話」と書いたけど、この映画の答えを出さない感じ、これはこういうことなのです、とあえて説明しつくしてしまわない感じは、死や魔物や不思議が隣で当たり前に存在している日本の昔話にも通じていて、そこはうまく日本のよさを使ってるなと思ったのだった。ガスヴァンサントは前にも日本兵をなかなかユニークな使い方していたし、そのへんは西洋の人にしてはわかってる方なのかもしれない。そうでなくてももともと説明しすぎない作風の人ではあるから、今回のような話とシンクロしやすいのかも。

で。

死や魔物や不思議が隣で当たり前に存在している日本の昔話おとぎばなし、といって思い出すのが、河合隼雄さんの著書『ケルトを巡る話』。

河合さんは、その中の「異界とおななし」という章で、アイルランドと日本の昔話には似たところがあると述べ、幾つかアイルランドの民話を紹介したあと、話を展開させていく。

P64
日本のおはなしでは、「人間と思ったら違うじゃないか」というときの悲しみとか、そこで感じる哀れとか美しさが主題になるのだが、その点はアイルランドのおはなしとよく似ている。
ところがキリスト教は、はっきり「神、人、自然」をわけた。そのため、キリスト教文化のもとに創られたおはなしの場合は、人間が自然を克服するような展開になるのである。

ゆえに、西洋のお話は魔法をとけばもとにもどれる、という話になる、と。

おもしろいのは日本人は「魔法を解く」という考え方をせず、知らぬ間にツルが女になっているのに、その説明がない。ところが西洋では「魔法」という説明が必要なのである。このように「説明」や意味づけをする態度から科学が生まれてくるのである。

西洋(というか正確にはキリスト教文化圏)では何か不思議なことが起きるのに魔法というエクスキューズが必要で、魔法をかけられたのでこれこれこのように現実に起きないことが起きました、となる。一方、日本は、今でこそごちゃまぜだけれど、もともとの民話では、ふしぎが隣り合わせだった、たとえば鶴の恩返しなんかも理由を説明せずに鶴が女になっていたりする、死も日常の一部で大仰に騒ぎ立てるものでなく、すっと死んでしまったりする、それが昔は普通だった、そこはケルトの民話も通じるものがある、と。

あとアイルランドの昔話は、キリスト教世界にない輪廻の概念がある点でも西洋と一線を画す、らしい。例えばグリム童話では、王子がカエルになったりと多くの変身譚があるけれど、どうにか元の人間にもどって「めでたし、めでたし」となる。これはキリスト教世界では輪廻転生が信じられていないためで、「変身」と言わざるをえない(精神分析家ベッテルハイム談)、

そこ行くと、ケルトのお話のそれは「変身」とは違うのだそうで、ケルトや日本の昔話では、自然と人間の区別がないからふと動物が人間になったり人間が動物になったりする、といったようなことが書いてあった。雑な説明で申し訳ない。ほかにもケルト地方を巡りながらの「おはなし」にまつわる考察満載なので、気になる方はよかったら読んでみてください。

で、だからなんだ、なんだけど。

私が好きな物語も、そういう日本やケルトの境界線のうすいおとぎばなしめいた話だったり寓話のように匿名性の高い話だったりする。そういう話に惹かれる私のちっちゃいバージョンのような子供には、だからこそ「昔々(ワンス・アポン・ア・タイム)」で今から物語の世界に入りますよ、と合図を送ってやり、「おしまい」で物語を閉じて現実と区切る作業が必要なのかもしれない。

ただ私はケルトや日本の物語りかたに親和性を感じるけれど、西洋の物語りかたはだめという話ではなく、その合理性で描かれる世界もそれはそれで嫌いではない。そもそも現代社会では西洋と東洋の境界も薄くなっている、といいきるのは危険か、だけど知りたい者にとっては取ろうと思えばいつでも情報を手に取れるし、探しにも行ける時代。東洋の人間が西洋的なおとぎばなしを書いても、西洋の人間が東洋的なあり方を求めてもいいわけで。そのミックス具合が現代のおもしろいところ。

ちなみに、ケルト文化の特徴である渦巻きは「アナザーワールド」の入り口なんだそう。

この本にでてくるケルト文化の根付くイギリスのコンウォール地方にあるペンザンスやグラストンベリーへは、2014年に旅した。その旅についてはブログの過去記事に乗せているので、お暇な方はこれもよかったら。

ま、その旅の第一の目的は、クリスチャン・ベールさんの映画ロケ地巡りだったんですけども。ははは。はは。

などと少しちゃかしてみせるのも、魔法というエクスキューズを必要とする西洋思想がすでにDNAにまじりこんじゃってるせいかもしれないですね(無理やりまとめる人。

p.s.
トップ画像の巻き貝渦巻は、グラストンベリーのチャリスウェルガーデン内にある、ジョンレノンが座っていた時にインスピレーションが降りてきてイマジン作ったと言われている天使の像の前にあったもの。