救世主の散歩。亀との対話。

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問わず語り

 

今住んでいる町のどこでもない感じがいい。

快速のとまらない駅。都会の田舎、田舎というほどではないけれど都心というには辺鄙すぎる場所。人によっては、なにもない、と不平をいうだろう。でもそれくらいの感じがいい。必要なものはひととおりそろってはいるのだ。

20分、30分、1時間と足をのばせばたいていの場所には歩いていける。歩いていけばある、というのがいい。逆にいえばそれくらい歩かないとない、ということなんだけれど。これが日常に毛がはえた程度の冒険心を絶妙にくすぐる。もう何年も住んでいるけれど、今でも少し寄り道したりすると新しい発見がある。新しい場所を見つけた時の、くふふ、という感じがなんともいい。

それに、なによりいいのはこういう”つなぎ”駅は空間がひろい。空間の広さはだいじだ。根が田舎者なので。

それから、自分的にはずせないのは川があること。ここ3回続けて住んでいる場所はどこも川が近くにあった。川が自分にとっておもいのほか重要であることに気づいて久しい。今では、引っ越しを考える時に、歩いていける場所に川があるかどうかが選ぶ大きなポイントになっているくらい。

川が好きだ。
川が好きだと認識してから随分たつ。引っ越し先でも旅先でも、どこか落ち着く場所をみつけようとした時に、川があることは大きな...

今の川は私には理想だ。正直いけてる川ではない。でも前々回の川は人気スポットすぎた。今の川もサイクリング道は通っているし人もいる。でもぽつぽつ。このぽつぽつさ加減がよい。川に向かって腰をおろせる場所も点在していて、たいていはひとりじめできる。お昼もとれるし、歌くらいは人目を気にせず歌える。歌わないけど。時々遠くトランペットやフルートを練習する音が聞こえてくるのもいい。

この川沿いを散歩するのがよい気晴らしになる。「いつもの散歩」は片道30分。途中に、勝手に花街道&亀スポットと呼んでいる場所がある。

遊歩道は川より随分高い位置にあって、川に沿って金網フェンスがはってある。そのフェンスが貼ってある舗装道路がぐっと川に張り出したところがあり、下を見ると少し溜まり?のようになっている。といっても淀むほどではないゆるく川の流れが途絶えた場所。そこが亀スポットだ。

しかし実際には、亀はいても1匹、せいぜい2匹。いない日もある。それよりも、頭上に突如現れた救世主からパンをせしめようと、ブラックホールのような口をあけてわらわら壁際に集まってくる黒光りした鯉軍団の存在感の方がすごい。そのうち結託して組体操で壁をのぼってくるんじゃないかと思われるほどだ。こわいよ。

眼下から視線を足元にうつせば、いつのまにか鳩御一行も集まってきている。わたしたちにもよかったらパンを、いえたまたま通りかかったんですけどもね、となにげないふうを装っているものの意図は明らかだ。鯉も鳩も亀の十数倍はいる。

再び視線を眼下に戻すと、亀は、一瞬は必ずすいいと壁に向かってくるくせに、ブラックホール軍団のオーラに気圧されるのか、他愛なく方向転換してまたすいいと去っていく。救世主としては毎回、いかーん!競争社会に勝ち残るにはそんなことじゃいかーん!と叱咤の電波を送ってみるのだけど、負けてもいいのです亀生ですから、と言ったかどうかはしらないが、そのまま去っていく甲羅をせつなく見守ることになる。

とはいえ、群れをなす鯉の中にも反逆児はいる。いやおれわ今パンなどにかまっている場合でわない、この、ここの、流れをのりこえねば、とひとり川登りにチャレンジしている者もいる。それはそれで好ましい。遠巻きにしているサギは、は!パンですって!いらないわ!、と気高く見向きもしない。

そんな亀スポット。亀の存在は薄いが、ここの名前はだれがなんといおうと亀スポットだ。理由は救世主は亀がお好きだから。

ここで告白しないといけないことがある。実のところ、救世主がパンを持参したことはない。毎回ああ今日くらいは持ってくればよかったと後悔するが、持ってきたことはない。ブラックホール軍団もやがてはそのことに気づくのか、頭上に現れた影に他愛なくむらがった自分たちを恥じるかのように、つる、つる、とひとり抜け、ふたり抜けしていく。

あとで本物の救世主がやってくるからね、と言い置いて、エセ救世主は立ち去ることにする。

本物の救世主には何度かお会いしたことがある。パンくずがぱんぱんに入った袋を携えて、自転車でさっそうと現れる。そうして、今度こそ本当に、上からぱらららと恵みのパンを降らす。日課なのだろうか。今度会えたら聞いてみたい。でもうっかり聞いたら、キミもならないか、救世主に、と倒置法で勧誘されてしまうかもしれない。

私はニセモノのままでいい。せめて救世主には、亀にもちゃんと届くよう、多めのパンを持ってきていただきたい。

なんの話だ。自分の町が好きという話をしていたのに、いつのまにか救世主の話になってしまった。

ちなみにこの話がフィクションかノンフィクションかはご想像におまかせします。

とほ