ネタバレとSNS。

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映画語り

アベンジャーズのエンドゲーム公開直後の時期、ネタバレ禁止の厳戒態勢が敷かれている中で、確か海外だったと思うけど「劇場の中心でネタバレを叫ぶ」ケースが勃発したと知った時は、その場にいた人を心底気の毒に思った。

同時に、不謹慎なのは承知だけれど、そのシチュエーションを想像してなにか少し笑ってしまったのも認める。

とはいえ、長いシリーズの最終章、ファンの高揚もマックスの中で重要なネタバレを叫ぶ選択をしたというのは、悪意以外の何物でもない。リアルに爆弾だよね。被爆したらもう元には戻れない。聞かなかったことにはできない。私も思い入れの高いシリーズだったらさすがに怒ったかもしれない。

ここまでのケースでなくても、劇場はネタバレ危険地帯ではある。観賞後で感想を言い合っている観客とすれちがって耳にしてしまうこともあるだろう。ネタバレにおけるこの「耳にしたらアウト」感ってすごいよね。

と思うのは、私がネタバレNG派であるからだろう。映画のネタバレには絶対NG派と、わりと平気むしろ知りたい派がいるのもまたおもしろいところ。

でも、さすがに怒ったかもしれないとは言ったけれども、観賞前情報は最大限シャットアウトする派なのでネタバレももちろん全力回避の方向なんだけれども、実を言えば、知ったら知ったで、「あ、知ってもうたな。」くらいの感慨しかない人でもある。だって知っちゃったらもうしょうがないもん。

ただ嫌は嫌なのでひとまず抵抗は試みる。どうするかというと、時間をおくなどして自分の鳥頭がうまく忘れてくれるのを当てにする。意外にしぶとく覚えているなら(ていうかたいていは覚えている)、知った頭で勝負して何が出てくるかを観察する方向にシフトする。意外におもしろいものが出てきたりもする。それができなさそうならいっそ観ない。もやもやしながら映画を観るのが一番あほらしいしもったいないので。ネタバレよりむしろ一番避けたいのはそこかもしれない。

ネタバレはされるばかりでもなくて、意図せずにする側にまわってしまう場合もある。

劇場以外でネタバレを踏む確率が高いのは、今はSNSだろうか。とくにTwitter。私も時々感想を投下するので、配慮はしているつもりだけれど、人からみたらやらかしてしまっていることもあるかもしれない。いや、あるだろう。その時はすみません。

なんだけれど。自分ではセーフのつもりでだれかにとってはアウトということもあるだろうし、気にしすぎていてもしょうがないよなとも思う。

SNSを見ていると、ネタバレのラインって本当に人それぞれだなあと感じる。長い間続いてきたシリーズのラストだったり、他には最後にどんでん返しがある類の映画のラインはある程度わかりやすいけれど、それ以外のジャンルにおける各人の微細なラインにすべて対処するなど無理ゲーだ。ある程度はお互い様とわりきるしかない。

それにSNSの場合は、劇場などで不意に「聞く」のとは少し性質が違う。タイムラインを「見る」という行為は本人が選んでしていることだから。だから「目にしたらアウト」は同じだけれど、ある程度防衛はできる。

映画アカウントでは、基本的には公開前で楽しみにしている映画のキーワードはミュートをかけるなどして防衛している人が多い印象がある。それでもすり抜けてくることはあるのでそれもいやならSNS自体に触らない、という選択もできる。タイムラインを眺める行為はとめられないけど、自分のネタバレラインに抵触しているものを目にしてしまって文句いうのはそれはわがままだよね。

SNSも価値観の違う他人が集まる場所であることは劇場と同じ。配慮しつつ、気にしすぎず、ぴりぴりしているようなら離れる、などできるだけうまく使いたいものです。

 とほ

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