カミーノ後旅日記:モロッコ編後編

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アフリカ旅

 

シャウエンに一泊したあと、翌朝7時発のCTMバスでカサブランカへ。 午後1時に到着し、ハッサン二世モスクを見るなど半日観光したあと、その日の夜行バスで、砂漠の入り口と称されるモロッコ中部の都市ワルザザートに向かった。

しかしこのあたりから、だんだんラマダン中によるひもじさが身にしみはじめる。今回の旅の時期がラマダンにあたることは来る前からわかっていたし、食事の困難はある程度覚悟していた。それに、一度はその期間にがっっりのムスリム国(※1)に身をおいてみたかったから、どこか楽しみにしていた面もあった。のだけど。

タンジェ初日は、断食がとけるのがそれくらいの時間だと聞いた7時半過ぎに外に出てみると、人々がカフェでその日初めての食事を取りながら談笑しており、その中の女性二人に手招きされ、春雨のようなものをはさんだサンドイッチや、バナナとオレンジとクルミのお手製ミックスジュースをごちそうになった。「ビタミン、ビタミン」と言いながら注いでくれたジュースは程よい酸っぱさと濃厚さで、一日断食した後ではさぞしみるだろう味だった。その後、向かいの食堂で初ハリラ(断食明けに最初に飲むスープ、6Dh)を頼んで飲み、それで充分お腹いっぱいになった。

その後シャウエンまでは、外国人向けのレストランで食べたり、果物を買って部屋で食べたりしていた。現地の人と同じように断食を実行することは考えてなかったし、強要される空気もなかったけれど、少なくとも日中はできる限り、人々の目の届く場所で飲み食いはしたくなかった。でもそうすると、予想以上に食べる機会と場所がない。現地の人も乗っているバス移動中はとくに、物を口に入れる機会が減る。リュックの中に入っている水がどうしても取り出せない。トイレ休憩でバスがとまっても当然食事処はあいてない。かくして、モロッコに入ってたった3日で、ひもじい体ができあがった(へたれすぎ。

で、カサブランカに到着し最初にしたことはというと。バスステーションから速攻casa port鉄道駅に直行し、マクドナルドに駆け込むこと(汗)。日本でもマックは行かなくなって久しいのに、この時ばかりはチーズバーガーがしみた。それでもまだ空腹は治らず、ダブルなんたらとかにすればよかったと思いながら観光で気を紛らわし、7時半を過ぎてようやくバスステーション近くのレストランで人々が食べていたラマダン明けのメニューを指差して頼んだ。

これがもうね、おいしかったんだよねえ。
多分空腹の力もあるとは思う、だけど、ハリラのあたたかく優しい味は空腹をみるみるみたしてくれたし、オレンジジュースは、飲み干しながらタンジェのおばちゃんの「ビタミン、ビタミン」を思い出したし、右のお皿のなつめやしとお菓子はめちゃめちゃ甘いのだけど今!まさに!体が欲っしとります!な甘さだったし、そこにひとかけぶんのチーズの塩気がこれまたちょうどよいったらありゃしなく。よく考えられた組み合わせなのだなあ、と思った。それで、食事らしい食事にありつけてようやくほっと一息つくことができ、その後、10時半の夜行バスに乗ってオートアトラスを超え、翌朝七時過ぎにワルザザートに着いた。

そもそも、なぜこんな骨の折れるバス移動を選んだのかというと、まず、モロッコでは長距離バスでの交通網が発達していることがひとつ。とはいえ、シャウエンからワルザの直行はなく、カサブランカ/マラケシュを経由することになる。しかも連絡のいい便がなく、夜行バスを選択せざるを得なかった。大きな都市間では列車や飛行機という選択肢もあり、飛行機での移動も考えはしたのだけど、ワルザまでは、シャウエンからも、大都市カサブランカからにしても希望する日にフライトがなかった。カサブランカに一泊する選択もあったのだろうけど、そうしなかったのは、正直あまり興味がなかったのと、できるだけ早くワルザザートに到着しておきたかったから。その理由もやはりラマダン。

旅の間にラマダン明けが来ることもわかっており、その前後日は交通網に影響が出る、ということをモロッコと日本を何年も行ったり来たりしていてこの地に詳しい友人から聞いていた。明けると、皆が一斉に家族と祝おうと故郷に帰るのにバスを使用するため予約がとれないとか、そもそもバスが出ない可能性もあるとか、人の気が立っている時期でもあるし、ラマダン明け前後はひとつところにじっとしておいた方がよいなどのアドバイスを受け、それならこの旅第二の目的地であるワルザザートにしよう、と決めたのだった。

それで、実際にワルザザートでラマダン終了を迎えてみて。そこまでかまえていたほどの混乱はなかった。でも、かまえていたからよかったのかもしれない。明けた翌日にも実は日帰りでシェガガ砂丘にほど近いザゴラという町に出かけ、レストランがどこもやってない(正確には開いてはいて人もいっぱいいたのだけど、みなサッカーを見るためで、だめもとで入ってみたけど食事は出してないと断られた)という食関連のラマダン余波はあったものの、バス移動自体は事前にチケットを取っていたので、何事もなく行って帰ってこれた。その後のアイトベンハッドゥやマラケシュ行きの移動も、確かになかなか来ないとかシェアする人が見つけられないなど困難がなくはなかったけど、バスもタクシーもちゃんと通ってはいたし、べらぼうに高い金額をふっかけられることもなかった。

人の気の荒さについても、都会から離れた町を選んだからなのか、特に感じなかった。どころか、実際のところ、過去の旅ではうざい人や血の気の多い人にかなり遭遇していたためそれなりに気をつけようと思っていたにもかかわらず、蓋をあけてみると、タンジェからずっとみないい人過ぎて拍子抜けするほど。砂漠の勧誘をして来る人の中にはめんどくさそうな人もいたけど、引き際は意外にあっさりだったし。私が遭った人々がたまたまそうだったのか、ラマダンが関係しているのか、それともモロッコが変わりつつあるのか。それとも、それとも、インドが自分の中でベースとしてできてしまっているものだから、知らず比べてしまっていたのか(※2)。

ともかく。
ワルザザートは、映画のロケ地の宝庫であり、近郊には同じく映画のロケ地の宝庫である世界遺産のカスバ、アイトベンハッドゥなど見どころが集まっていて拠点としても使える。モロッコに来る目的が、サハラ砂漠でのラクダツアーだったり、ティネリールのトドラ渓谷だったりする人にとっては、ワルザザートはもしかすると経由地に過ぎず、そんなに見どころない町に映るかもしれない。けれど映画好きにとっては、それもスペクタクル系歴史大作や某海外テレビドラマ好きにとっては(ついでに某ボリウッド映画好きにとっても)、うっはー、な町。それに、砂漠の入り口と称されるけれど、砂漠よりはずっと手前であるためそこまで暑くもなく、静かで人もよく、わたしにはとても過ごしやすい町だった。

こうして、砂漠地帯で映画関連場所をたっぷり堪能する数日を過ごした後、モロッコ入り1週間、カミーノから数えて2ヶ月、この旅最後の目的地であるマラケシュに向かった。

※1 イスラム教がメインの国という意味合いで言っています。インドでもラマダンは一度経験あるけど、宗教が入り混じる国ではその影響をほとんど受けず。
※2 正直前回もそのケはあったのだけど、比べてつまらん、という話ではなく、モロッコはモロッコで嫌いじゃない国なんですよね。じゃなきゃ二回もこない。