本記事の文体:常体(だ・である)
LCCに乗ったら、預け荷物のキャリーケースが壊れて戻ってきた。
取っ手の片側半分が破損し、その影響かキャリーバーを引き上げられなくなっていた。
私の鞄はsolo-Touristのアブロードキャリー43。
バックパッカーは卒業したけど依然小回りの利く個人旅行に出がちな身にはなにかとちょうどよく、購入から7年間、インドに欧州にキャンプにそしてまたインドにキャンプにと便利に使い倒してきた。軽量だし拡張できるし、ボストンバッグにもいざとなればバックパックにもなる3way仕様で、山道も河原も石畳も牛の糞が落ちている道もこなしてきた頼りになる相棒である。
‥‥‥壊れたけど。
でもまあこういうのは消耗品、いつかは寿命がくるもの。ここまで使い倒してきたのならさすがにそろそろガタが来ていたとみるのが妥当だろう。
とはいえ愛着はある。買い換えるにしてもできれば同じものがいい。せめて日本の製品がいい。
けれど、ここはデリー。近いうちに帰国するから買い換えるのは帰ってからできるとして、問題は帰るまで。持ち帰る荷物がたくさんある。大きいスーツケースのほかに旅行鞄としてきちんと機能するキャリーケースが少なくともあと1回は必要。
インドでつなぎの鞄を買うのと修理に出すのとではどちらがいいだろうか。
適当さで定評のある?インドだけど、ジュガールの国でもあるインド。さまざまなものをあるもので代用したり修理したりしてその後も使い続けるさまは、思わず笑ってしまうものもあるけれど、感心したり見習いたいと思うこともしばしばだ。いい職人さんにあたれば、かばんも復活するのでは。
いい職人さんにあたれば。
だいじょうぶ。今はグーグルマップのレビューという味方がある。とくにインドは、少なくともバンガロールやデリーなどの都会は、人口が多いからなのか積極的にレビューしたがる人種なのか、その両方とにらんでいるけれど、オンラインショップやグーグルマップ上のレビュー数がとても多い。
そのすべてを信頼するわけにはいかないけれど、数を読めばざっくりとは店の特徴がつかめる。合理的で有益な情報がみつかることもある。それで、デリーでスーツケースの修理をうたい文句にしている店をグーグルマップ上で探したところ、数件みつかった。
その中に1件、レビュー数がダントツで多く、評価の高い店があった。腕も人柄もよいらしく、外国人客のスーツケースも直したとある。
インディラ・ガンディー国際空港のさらに西のドワルカという地域にある小さなお店。南デリーにあるうちからはウーバーで40分ほど。少し離れているけれど行ってみようか。
離れているといっても、インドで助かるのは交通費が安いこと。うちからウーバーで直接行っても日本円で500円前後。実際はメトロ、路線バス、オートを組み合わせて行ったので200円ほどで着いた。
店は、広めの通りからさらに奥まったところにあり少し迷いはしたけれど、人に尋ねたり、グーグルマップのレビューでだれかが挙げてくれていた店がまえの写真を参考にしてみつけた。
中に入ると、実直で寡黙な職人といった風情の初老の男性が迎えてくれた。
広さは六畳あるかないか。両側の壁にずらりと古いスーツケースやスーツケースの部品が並べられているのでよけい狭く感じる。スーツケースは店主の背後にも入口にもところせましと置かれている。
事情を伝えると、店主は壊れた部分を確認して、修理の目安金額をいった。承諾するとさっそく奥の方で部品を探し始めた。やはりそのへんにつみかさなっている歴代スーツケースの部品を再利用するらしい。
最初は破損した取っ手部分だけを交換してくれようとしていたが、取っ手のみの交換ではプルアップできない問題が治らないみたいで、ハンドルバー全部品取替えということになった。
かなり長いあいだ探して持ってきては合うかどうかためつすがめつしたあと、ようやく私のキャリーケースに合いそうな部品がみつかったようで、それを使って修理することになった。
金額は伝えられた上限の850ルピーになったが承諾し、今日は無理だというのでじゃあ明日来ますというと、水曜日は定休日だというので二日後の木曜日午後3時以降に取りに来ることになった。
キャリーケースに私の名前と電話番号をマジックで書いたテープがはられ、脇におかれたのを確認して店を出た。
木曜日。
午後3時過ぎに行くと、余裕でできていなかった。なんなら初めてのお客のような顔をして迎えられた。
がしかし、ここはインド。想定内である。
こんなこともあろうかと先日撮っておいた作業台に置かれた自分のキャリーケースの写真を見せた。店主は、ああ、と思い出した顔で、あたりを見渡した。私はすでに埃にまみれ他のスーツケースに埋もれかけた自分の鞄をひっぱりあげて作業台においた。
明日来いというので、それはできない、遠くから来ているし、今日という約束だったし、すぐに必要なのに2日待ったんだからと主張すると、その場で修理してくれることになった。1時間ほどで終わるというので、入口付近にあった何かの台を椅子代わりにして待つことになった。
二日前に探し出してきた部品はどこかに消えており、部品探しからのスタート。
店主は新たな部品を鞄に当て、頭を振ってはほおりなげてまた別の部品を探してくる。なかなか合うものがない。どれも帯に短し襷に長し。ハンドルの幅が広いとか太すぎるとか全長が短いとか。
私も店を見渡すうちに前回これで行くといった部品が目に入ったので指し示すと、それも結局尺が足りないものだった。
やがて店主は”帯短襷長”部品でなんとかする案を提示し始めた。幅が広いものを取り付けるために、キャリーケースの外側のハンドル部分をしまうファスナー部分の布を割いて広げてもいいかとか、尺の短いものをキャリーケースの中途で固定するのはどうか、とか。私がしぶると「この鞄の規格に合うものはないよ」。
でも、店主は、できない、難しい、とは伝えてくるが、私が何か言いたそうにすれば「ボリエ(言ってください)」と促し、耳を傾けてくれる。
応急処置の覚悟で来ているとはいえ、あわよくばまだまだ使えるところまで直してもらいたい気持ちはあった。せめて今無傷の部分はできるだけ傷つけたくない。とくにいかにも応急処置しましたという見た目にはしたくない。修理する前から脆弱な仕上がりと予想できる処置も避けたい。そのことを、身振り手振りとできるだけ平易な英語と圧倒的に少ない手持ちのヒンディ語語彙を駆使して伝える。
そうしているあいだも、しょっちゅう電話が鳴り光り、お客が来店する。店主は電話が光るたびに律儀に出る。どれも修理に関する電話のようだ。スーツケースのコロの不具合で来客した客にも対応する。近所の子どもが500ルピー札の両替を頼みにやってきて、それにもこたえる。そのたびに私の鞄の修理は中断する。
電話のひとつはどうも、今店に向かっていて道がわからなくなったらしい客のようだった。作業台の上の電話が光るたびに店主はでて場所を説明する。いや、でるなや。お客も自力でこい。心の中で毒づく私を、郷に入っては云々と穏健派の私がなだめる。
そうこうするうちに道に迷っていた客が到着。青年とその父親と思われるふたり。スーツケースの鍵が壊れたらしかった。店主はたちどころに直し、ふたりは感謝して帰っていった。
このころには1時間はとうに過ぎていた。
この日は孫らしき少年がいて、黙々とサポートしているのがなにげにほほえましい。孫に時々水差しから水を汲んでもらって飲み干しては作業をすすめる店主。私は私で鞄をおさえたり、他の客のテープに名前を書く台を支えたり、いつのまにか助手化している。だって、せまいし他にやることないし。
さすがにそろそろ向こうの示す代替案のどれかを選ぶか、元の部品を返してもらって帰るかしたほうがよさそうだと思い、最後の中断のあとにそう伝えた。元の部品は捨ててしまったというので、代替案で腹を決めようとしたとき、店主の頭上でランプが灯った。
棚の上のスーツケースのひとつに手を伸ばし、ハンドルの部品を抜き出すとそれは、それまで史上最も帯に短すぎもせず襷に長すぎもしない部品で、店主は慣れた手つきでそれをたちまち私の鞄に取り付けた。ひとたび正解の部品が見つかれば作業はあっというまだった。
最初っからその部品を…などといってはいけない。この工程を楽しむのがインドである(by穏健派の私)。
ハンドルの引き上げ引き下げは問題なく、外に出て、ころころと引いてみたけど、これも問題なかった。元のバーより若干細くてがたつきもゼロじゃないけど許容範囲、引き上げた時に表れるロゴがいけてないけど、それさえ目をつぶれば、まだまだ全然使えそう。やったー。
私の喜びように店主も笑顔になった。料金に気持ちを上乗せし、新生solo-Touristと「レビューよろしくね!」の言葉をもって店を出た。
というわけでグーグルマップのレビュー代わりに、ブログに書きました。
デリーで鞄が壊れて修理したい方、インド仕様の実直な職人気質の手仕事が見たい方、時間に多少余裕がありかつ完璧を求めすぎない人であれば、Preetam Bag Repair Shop、おすすめです。
言葉数が決して多くない見るからに誠実そうな職人さんで、ひどくぼったくられることはなさそうですが、そのへんはご自身で見極めてください。作業時間も交渉次第と思います。
場所はDwarka。地図アプリで探すと出てきます。ウーバーで直接行くのが一番簡単かと。ちなみに私はメトロのバイオレットラインでDashrathpuri駅まで行き、そこからウーバーのオートリキシャで行きました。昼間ならとくに治安の問題もなさそうでした。
鞄は帰国後も問題なく使えています。まだ全然持ちそうなので、もう少し粘って使い続けるつもり。ロゴは消したうえで。
※というわけで現在は帰国しています。
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