右のピアス穴には迷路がある。

問わず語り

 

ピアス穴は、右耳たぶにひとつ、左耳たぶにひとつある。いたってノーマルな場所と数だと思う。数億年前に市販の機器を使って、自分で開けた。幸い、それ以来ふさがることもなく開通したままである。よく長い間使ってなくてふさがった、という話を聞くけれど、頻繁に使っていなくても、たいていの道はそうそうふさがることはない、多少けもの道になっても、だから迷わず進め、と言うのがわたしの持論である。とはいえ、人の道は人の道。わたしはわたしの道しか知らない。閉ざされた道を持つ経験のない人間のたわごとである。広い世界のどこかには、使われないうちに閉ざされた道も存在するのだろう。

なんの話をしているのか。もちろんピアス穴の話である。

ピアス穴は自分で開けた。しかし、数億年前の機器だからか、びびりながらだったせいか、八割は後者だと思うが、右耳には迷路がある。左は潔くやったので一発で開いた。右は、もうあまり覚えていないのだけれど、一度途中で手が止まった記憶がある。感触もなんとなく覚えているような気がする。あまり思い出したくないのでこれくらいにするが、そこで永遠にとどまるわけにはいかないので、勇気を振り絞ってなんとか開通させた。所定の冷す処置などを行い、それ以来、気が向いた時にたまにつける程度だが、干支が二回りするくらいの期間、問題なく開通したままである。

しかしだ。しかし、右は、左とちがってすんなりピアスが通らない。一度できた迷路は、ふさがらないのと同じように、各干支に二回ずつ出会うくらいの時を経ても治癒だか細胞の変化だかによりうっかり直進道になってくれるようなことはなく、律儀に迷路のままである。そして、ピアスを通そうとするたびにほぼ毎回はまる。時折とはいえ何年も通しているのだから、迂回する術を身につけてもよさそうなものなのに、毎回はまる。今では、すんなり通った日は、今日は運がいい、とすら思うくらいである。ピアス穴占い。わたしは総じて運のいい人間だが、ピアス穴に限ってはそうともいえない。

 迷っている間、わたしは無表情にみえるだろう。しかし水面下で水かきをばたつかせる白鳥のように、右手を耳の裏に添え、左手でピアスを操りながら、懸命に出口を探している。視線は虚空のどこでもないところを彷徨っている。口もおそらくぽかりと開いているはずだ。右手の指の腹が耳たぶの薄皮のすぐ向こうに先端があることを感じ取っているのに、なかなか出てこない時間が続くとじれったくなり、ついエイっと皮膚を突き破りたい衝動にかられる。しかしそれをやってしまうと軽くサイコの仲間入りなので、理性が止める。何より普通に痛い。

―違う、違うよ、こっちじゃない、何度言ったらわかるんだ。
迷い込むたびに、右用のピアスの先端は、迷路の先に潜む生き物に叱られたりしているのかもしれない。
―しょうがないでしょう、私だって好きで迷い込んだんじゃないもの。
と、右用のピアスの先端も言い返したりしているのかもしれない。
―だいたい迷路じゃないよ。この先は行き止まり。袋小路。引き返して正しい道に戻ればいいだけだ。さあ出てった出てった。
―あたしだって出ていきたいけど、どうしようもないのよ。文句なら持ち主に言ってよ。
意外に気の強い先端に、迷路の奥の生き物はひるみ、矛先を変えたりするのかもしれない。
―あんたの持ち主、不器用なやつだなあ。
―あなたの宿主でもあるのよ。でもほんとよね。学ばないったら。
―とにかくここオレんちだから。あんたが行く道はそっち。光を目指すんだ。光の先に髪の束が見えたらそこが出口だよ。
―あ、持ち主も察知したみたい。お邪魔しました〜。
―おう、もう来んなよ。
なんて会話したりしているのかもしれない。
あるいは、
―あんたか。ひさしぶり。最近来ないからどうしたのかと思っていたよ。
―寂しかった?
―まあね。
―あら今日は素直じゃない。
―ねえ、あんた、たまにはゆっくりしていってもいいんだぜ。
―そうしたいのはやまやまだけど。主、出かける前でなんかあせってるみたい。
―道はあっちだよ。光を目指すんだ。その先に
―髪の束が見えたら出口なのでしょう。もう覚えた。あなたのおかげでね。主もいい加減学んでくれればいいのだけど。
―学ばない主でよかったって、最近は思っているよ。おかげであんたに会える。
―え……それどういう……(赤面)。待って、気づいたみたい。それじゃあ行くわね。名残惜しいけど。
―また来てくれよ。次はお茶くらいだすよ。
各干支が二回ずつ年賀状に登場するくらいの期間を経て、ある種の感情が互いに生まれ始めていたりするのかもしれない。

なんの話をしているのか。もちろんピアス穴の話である。