緑の指がなくたって。

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問わず語り

緑の指を持っていない。俗にいうサボテンも枯らす人である。実際俗に言うかは知らないが、実際サボテンさえも枯らしてきた。

大学時代は、「サボテンのXXちゃん」という異名を持つほどには部屋にサボテンがあった時期もあったけど、でもそれは、サボテンに惹かれたからというのもあるけど、いくら私でもサボテンなら大丈夫だろうと思ったからだ。しかし推して知るべしである。

それにしてもサボテンがだめになる時ってかなりの心理的ダメージじゃないですか? それまでは普通なのにある日ふと、あれ?という雰囲気を伴っていることに気づく。おそるおそる親指と薬指で腹にそっと圧をかけると、中やばいことになってます、と伝えてくる。あの感じ。その時にはすでに、私ごときでは再生不能になっている。

これではだめだと、卒業と同時にサバイバーたちを実家に持ち帰った。その中の柱サボテンは、緑の指を持つ母親のおかげでその後もずっと生きていた。今も生きてるのだっけ。とにかく、随分長い間、何年かに一回の割合で、花が咲いたよ、と教えてもらうなどしていた。

そういうわけで、緑の指を持っている人を尊敬している。本当は緑だけじゃなく、対象が動物でも人でも、ケアする手を持つ人、それに長けた人、厭わない人、とりわけ職業として選択し従事するすべての人に、感謝とか尊敬という言葉が安っぽく感じるほどの敬いの気持ちがあるのだけど、緑の指を持つ人に対しては、また別に、なにか魔法使いであるかのような目で見てしまうところもある。

昨年、その魔法使いが上京(京というか浜)した時に、「これ・・・」とそっと瀕死のモンステラを差し出した。枯らすくせに懲りずに買ったモンステラは、置き場所が悪かったのか、水のあげすぎが悪かったのか、それともリズム感のない水やりがだめだったのか、ある時から葉が黄色くなりはじめ、え、え、どうすればいいの、とおたおたして、完全に機を逸したタイミングで植え替えをし、数週間後その救済処置は失敗であったことを知る結果となっていた。

で魔法使いに泣きついたのだけど。一応手を入れてくれたものの、元気ないままに私が長期旅行に出てしまったのが決定打となって、帰ったら、1~2枚の葉を残してほぼアウトの状態になっていた。

・・・そうなの。だめだよね・・・。旅に出る生活がしたいから、飼い猫を看取ったあとは動物を飼うのをやめたのに、植物だって同じだよなあ。まして緑の指を持ってない身の分際で。一応不在の間、長く水を持たせる工夫はしたのだけど、弱っている子をおいていったら、やはり結果は推して知るべしである。

それで、一旦はあきらめてさよならしようかとも思ったのだけど、まだ葉が残っているなら生きかえる可能性があると魔法使いが言うので、今年の3月以降、暖かくなった頃をみはからって、だめもとで大きな鉢に植え替えた。そしたら。

だめな状態のときの写真を残してないので、「ここまで」がどこまでなのかをお見せできないのが残念だけど、本当に最初はしなしなの葉が1~2枚だったの。それも、モンステラ特有の葉の切れ込みのない葉ばかり。それが植え替え後しばらくして、切れ込みが一本入った葉が、次に二本入った葉が開き、先日ついにトップ画像のモンステラらしい3つの切れ込みの入った葉が開いてくれた。

嬉しくてねえ。緑の指を持ってない人でも、母も指摘するように、家にずっといると目をかけるせいか植物もこたえてくれるのかしら。嬉しかったので今日はそれを記事にしました。

とほ

p.s.
でも、緑の指持ってないくせに、実は今他にも植物の種類は増えている。みんなじょうぶな子ばかりだけど。そして枯れないでくれている。おこもり状態が多くなってよかったことの一つかもしれない。まあでもフリーランスだからもともと家にいること多かったんだけど。・・・・・・はて、じゃあ今までは何してたんだろうね私。