文房具屋のにおいと消しゴムと。

問わず語り

 

仕事で筆記のための道具について翻訳していて、ふと、文房具という日本語はなんて魅惑的な響きなのだろう、とあらためて思った。

文房具といって自動的に呼び起こされるのは、文房具屋の匂いだ。ここは文具店といわず文房具屋と言いたい。理由はない。私の記憶の中にあるのがブンボウグヤと呼んでいたあの店だから。登校途中にあるものだから光に吸い寄せられる羽虫のようについ立ち寄ってしまった、子供御用達のあの店だから。引き戸をあけるとチリンと音がして、中に入ると、消しゴムと、紙類と、墨汁と、おそらくは鉛筆や色鉛筆の芯も含まれているだろう、あらゆる文房具の入り混じった匂いが鼻に飛び込んできた。個人経営の店独特なあの匂い。やはり記憶と匂いは結びつきやすいのかもしれない。

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とはいえ、昭和の、具体的には昭和40年代の、それも地方の子供の記憶だ。現代の都会のスタイリッシュな文房具屋というよりは事務用品店というほうが近い店では、あの匂いはしない気がする。というか今もああいうスタイルの店はあるんだろうか。文房具だけを売る店。子供がメイン顧客である店。多分あるんだろう。小さい商店街などではまだ。あってほしい。なにしろ自分が行かなくなったので存在するかすらもわかっていない。

話は変わるけど、というか戻るけど、まっさきに挙げたように、文房具屋の匂いの立役者は消しゴムである気がする。子供用の消しゴムには香料が入っているものが多いから目立ったのだろう。でも消しゴムの魅力は、匂いも確かにその一つではあったけど、それだけじゃなかった。小学生の頃、狂ったように消しゴムを集めていた時期があったけど、あれなんだったんだろう。

お小遣いで買いやすいという金額によるものも大きかったとは思うけど、一時期は一生かかっても使い切れないほどの消しゴムを所有していた。人生でそこまで消したいものがあるとも思えない頃に、消したいものがあるかどうかさえまだ知らない頃に、すでに一生分の消しゴムを備蓄していた。でも一生かけて使い切る前に、当の消しゴム本体がいつのまにか消えていた。

思い出すままに書くけど、昭和40~50年代の小学生界において、花形であったのがスーパーカー消しゴム、通称カー消しであった。ただ、主に男子の人気をさらっていたものの、私にはおおむね不評で、理由は、私が女子だからではなく、消しゴムとしての基本機能がなってないという一点においてであった。スーパーカーという形状や、ノック式ボールペンの頭のばねをつかっていかに遠くに飛ばすかみたいな遊びは、わくわくしないでもなかったけど、消しゴムとしてのやつらはまったくなっていなかった。まず消えない。どころか紙を汚す。そもそも消しゴム枠に入れるのが間違いであり、スーパーカー消しゴムとかカー消しではなく、カーゴムと呼ぶべきであった。最初からゴムだと思っていれば、私の受け入れ体制もまた違ったと思う。

だいたい消しゴム界におけるアドバンテージである鋭角も、カー消しにはほとんどなかった。角で消せる、というのが新品の消しゴムの特権でもあるのに、いくらシャープでクールなフォルムの車種だろうと、通常の消しゴムに比べて全体的にどうしたって丸っこかった。普通の消しゴムだって、誘惑にかられて一度でも使うなどすればたちまち精彩を失う。新品のどこもかしこもが鋭角である四角い消しゴムと、どこかに丸みを伴ってしまった消しゴムでは、後者のヒエラルキーは格段にさがる。コレクション対象ではなく、そのうち使う消しゴム、になりさがる。まあなりさがったって、充分消しゴムとしての役目は果たせるのだから、まだそこそこ上位ではあるのだけど。そういう点においても、紙は汚すわ丸みだらけだわのカー消しはだめだめであった。

カー消しへのだめだしはこのくらいにしておいて、ともかく、私にとって消しゴムは、匂いや色や形やケースの絵もだいじだったけど、やはり消し心地が重要だった。小学生の分際で生意気な、だけど、強く消すと割れたりこぼれたりする固いものはだめで、持つと適度に弾力があり、書いた鉛筆の線をきれいに巻き込んで取り去ってくれるものが理想だった。消しカスもくるくるときれいにまとまるものでなくてはならなかった。きれいにまとまるやつは、集めてぐにぐにと練って大きくできるという点でも魅力的であった。見た目はちっとも魅力的ではなかったが。

まだ続く、消しゴム話。ぐにぐにといえば練り消し。みんな大好き練り消し。カー消しにダメ出ししておきながらなんだけど、消し心地という点では普通の消しゴムに劣るものの、練り消しのあの感触は捨てがたかった。ふわーんと伸ばした時にふわーんと伸びるあの感触。伸ばした時にぶつっと切れると悲しく、煙のような余韻がうまく伸びると満ち足りた。練り消しは、匂いという点でも独特な地位を占めていた。香料というより原材料の、ゴムとはまた違う人類的に微妙に不穏な匂い。背徳の匂い(そう?)。

ちょっと原材料調べてみた。

ねりけしの主な材料は、ねりけしのもとになる合成ゴム、ファクチス、鉱物油、炭酸カルシウム、香料・顔料です。
コカネット(子供の科学のWebサイト)より

だそうです。デッサン用の練り消しとはまた違うのかもしれないけど。

というか・・・というか、ここで我に帰る。本日の記事、本当は時間がない時に発動する即興雑談のつもりで思いつくままに書き始めたのに、書いているうちに次々頭に浮かんできて止まらなくなり、筆記具や紙の話まで一気に書こうとして、消しゴムだけでこんな量になってしまった。ここまでで最低文字数の400字どころか2000字である。しかも実はここまでで2時間たっている。ばかなんだろうか。

というわけで、時間切れですので、一旦終わります。筆記具編はまたいつか気が向いたら。

とほ

p.s.
画像と文章は無関係です。

 

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