サリーローズはいう、「出会う人すべてが物語をもっている」

Airbnb日記, Airbnb diary インド日記

3月某日。

1ヵ月前から3月になればやってくるときかされていたサリーローズについに会えた。

マリアはよく過去にここに泊まった人の話を聞かせてくれるのだけど、中でもよく登場する名前があった。サリーローズ。最初はサリー、サリーと呼んでいたのが、何度目かに会話にのぼった時はサリーローズになっていた。どこまでが名前かと思っていたら、ローズはミドルネームらしい。響きが美しく気に入ってしまったので、ここでもサリーローズと呼ぶことにする。サリーローズは70代後半のイギリス人女性だ。今回は、外階段をのぼった3階にあるテラストップの部屋に1ヵ月の滞在するらしい。

到着の気配があった翌日、部屋で書き物をしていたら、リビングでお茶をしているから来ない?と、マリアからワッツアップのテキストが届いた。外階段を上って2階にあるホスト宅に顔をのぞかせると、淡い髪色のショートヘアが似合う背の高い女性が座っていた。あいさつをして、話し始めてすぐに、人に興味のある人だとわかった。年取って頑なになるタイプではなく、好奇心を持って人の話に耳を傾ける人。好奇心を満たしたい人。人にも旅にも。エネルギーのある70代。かといって過剰なエネルギッシュさではない、年を経てやわらかくほどけてきた生きる力を感じさせる人。所有する物語の語りと同時に、他者の物語を引き出すのもうまい人。

マリアはマリアで、基本的に外界に出ないでやってきた人であり、今後も出ていくことのないだろうのに(※)、驚くほど柔軟に話ができる。家族の食事を日に何度も用意してだれよりも最後に食べる、昔ながらのインド家庭の妻であり母親、でもそんなマリアも外界に出たい魂も持つ人であることはもうわかってきていて、それはAirbnbを始めてから、訪れる私たちの話に耳を傾け経験を共有するうちに芽生えたものなのか、もともともっていたものなのか、ともかく今はおかあさんの介護もあって自由に動き回るのが難しい、そんな中で、外を自由に回ってきた私たちの話をどのようにきいているのだろうなんてふと気になってしまいもするのだけど、穏やかに陽気に受け取ってはカラフルなピンポンを返してくれる。カラフルなのは、ここで多くの人を迎え入れて、多くの逸話を耳にしてきたのもあるかもしれない。迎え入れる器がある場所には、物語の方からやってくる。

午前中部屋で籠っていた理由を聞かれて書き物だと話したところから、サリーローズの旅日記の話だとか、旅先で書くことの効用だとか、私の物語について聞かれて普段話さない部分までついぽろぽろ話したりだとか、そんなふうに「書く」を巡る会話が展開されていて、マリアも、私も書こうかしら、と言うのでサリーローズと私で猛然とプッシュしたり、そんな中でサリーローズがしみじみと言った言葉、「であう人すべてが物語を持っている」。

それはまさに私が旅をする理由でもある。

私は「人が好き。」と臆面もなく言える魂をもたない。旅の理由をたずねられたときなどによく目にするその回答は正直疑問だ。疑問というか、よく簡単に言えちゃうものだなあ、なんて思ってしまう。でもそれは、自分に本質的に「人が好き。」と正面きっていえない、正確には言う資格がないような後ろめたさがあるからかもしれない。私のベースキャンプは、ひとりを確保できる場所だ。ほっとくとつい人里離れがち。人里離れた場所でこそほっとできる。そういう性質を自覚する自分が「人が好き。」と両手を広げて言い切ってしまうのは違和感がある。

それでも。

それでも。

それでも。

矛盾する口がいうけれど、やはり人が好きではあるのだ。根底では。正面きって「人が好き。」といえる好きをもたない、なんならよく真逆が顔をのぞかせもする、それでもどこかでは、たしかに人が好きではあるんだろうと思う。こうやって好きな国で暮らすようになっても、日常生活では安定の引きこもり生活をしたり、密すぎる関係を避けがちなところはかわらないし、ひとりの時間と空間を変わらず確保していきたい、外向族にはその時間が多すぎるように感じられるとしても私が必要と感じる以上は正々堂々と確保していきたい。それでも、だ。

人と話したい、人の話を聞きたい欲求もまた私の中にはある。その人の背景に眠っている物語を引き出したいという衝動が明確にある。旅が好きなのは、人と話をする機会が増えるからだ。それも新しい人と。新しい、ちがう感覚をもたらす人と。 内へ内へと向かいがちな私が旅をする理由。 環境の大きく異なる場所に身を移す行為は、内に向かいがちな人間が人と会い内側を垣間見せてもらえる機会をたやすく得られる、ある種飛び道具のようなものかもしれない。

今書いてて思ったけど、私のそれは、人が好きというよりは単なる興味か。人という生物に対する愛しさというか。なんなら人類愛といってしまってもいい。よくない。うーん、でも少なくとも好意寄りの感情がなければ、仕事でもないかぎり長時間一緒にいるのは厳しいし、ベースキャンプにすぐ戻りたくなるしな。

話がずれてきた。

最後にサリーローズの話に戻すと、1ヵ月の滞在なのは、ビザでマックスで取れる期間が1ヵ月だったから。イギリスのパスポートも「強い」パスポートなはずだけど、年齢で制限されてのことらしい。日本も年齢での制限があるのだったっけ。インドでの観光ビザではどうだったか。調べてみないと。ビザや入国の条件は国籍や行先の国によってもさまざだし、ましてインドのビザ条件はころころ変わる。つい最近も、日本人の観光ビザ条件が変更されたばかり。今は5年間有効な複数回の入出国が可能な(マルチプル)観光ビザで来ている私だけれど、5年マルチのビザでも、1年の滞在期間はマックス180日までというインド政府の発表があった。私の今後の選択肢にも影響するのだけど、その話はまた今度にするとして。

そのあたりは柔軟に対応していくしかないし、私がサリーローズの年齢になるまでには、ビザ条件も、どころか国の関係も、各国の状況も大きく変わっているだろう。けれど、私も60になっても70になっても、さくっとこの国に来れる心でありたい。そのためには健康でいなきゃだし、それ相応の経済状態を維持しておかなくては。

 

 

(※)部分:この時はこう書いたけど、その後、機会があれば自分も、を具体性を伴う発言も増えてきている。多分それは遠い未来じゃない。サイモンのゴーサインしだい?